日本を代表する浮世絵師で、今や世界にその名を轟かせている江戸時代の画家、歌川広重


日本独特の画法である浮世絵の達人とも言える画家で、有名作品を多く製作しています。


この記事では、そんな歌川広重の代表作の1つ、東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)を、のび太でも分かるくらい超簡単に解説していきたいと思います。

歌川広重ってどんな人?



そもそも、歌川広重って誰やねんって人のために、歌川広重の簡単なプロフィールをご紹介させていただきます。





芸名:歌川広重

本名:安藤広重

生まれた年:1797年

死没:1858年10月12日


歌川広重は、江戸時代に生きた浮世絵師です。


江戸の定火消し(じょうびけし)として生まれ、家督を継ぎます。


火消しとは、今でいう消防士的な存在です。


その後、浮世絵師としての活動を始めます。


瞬く間に活躍の場を広げ、製作した作品は2万点を超えると言われています。


歌川広重の作品は、あの世界的な画家”ゴッホ”や”モネ”にも大きな影響を与えたそうです。





1858年10月12日に、コレラという病気で亡くなってしまいます。


コレラとは、コレラ菌と呼ばれる病原体が原因でおこる感染症です。


適切な治療をしなければ数時間で死に至る感染症なので、歌川広重の死は、とても唐突だたでしょう。

東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)



歌川広重の代表作、”東海道五十三次”は、東海道にある53軒の宿場を描いたものです。


歌川広重が初めて東海道を旅したときにスケッチしたものを、帰ってきてから本格的に浮世絵にしたものです。


一枚の絵ではなく、53軒の宿場と、出発地と到着地の2枚を合わせた55枚で構成されています。


〇〇版などを入れれば、150枚くらいあります。シリーズ化されているようなイメージですね。


噂によると、実際に歌川広重は東海道を旅してはおらず、すでい存在していた絵などを参考にして絵を製作したと言われています。


本当のことは、まだよく分かっていません。


また、東海道五十三次のうちの一枚は、ゴッホも所有していたとのこと。


ゴッホは、浮世絵のコレクターとして知られており、「わたしの作品は、日本の美術に基いている」とまで発言しています。




東海道五十三次のオススメ



東海道五十三次のオススメを、ご紹介していきたいと思います。

日本橋






東海道の出発点は、日本橋からスタートです。


大きくて立派な橋が中心に描かれており、「ここから出発だ!」といった感じがして良いです。


絵の右下には、犬のような動物のお尻が見えていて可愛らしいのも特徴です。

箱根宿






この箱根宿と呼ばれる場所は、当時日本一標高の高い宿場として有名だったところです。


絵の中央には、山というかもはや崖のような風景が描かれています。


色もなんだかカラフルですし、何より迫力が素晴らしいので、オススメとしてご紹介させていただきます。

沼津宿






沼津宿の夜の風景を描いた絵です。大きな満月がやや夜空の下の方に描かれているので、夕方なのではないかと思われます。


東海道五十三次の中で月が描かれているのは、この絵だけです。


絵の中央に大きな天狗のお面を担いだ人がいるのが特徴的です。

蒲原宿






蒲原宿は、現在でいう静岡県静岡市です。


一面雪景色の、静まり返った田舎の風景を描いています。


一面雪で真っ白であるにも関わらず見ていて綺麗だと思う不思議な感覚が心地いい一枚です。


日本ならではの美しい田舎の風景といった感じです。

興津宿






絵の中心に、力士を運ぶ集団が描かれています。


力士なので、当然体がでかいです。


そのため、馬から体がはみ出しています。


大げさに描いているのかは分かりませんが、ユーモラスな一枚です。

桑名宿






海で多くの船が行き交っている風景を描いた一枚です。


現在の三重県に位置する場所で、桑名城の城下町だった場所です。


海の波と船がお互いに振動しあう感じがとてもうまく描かれており、好きです。

三条大橋






日本橋から始まって、最後は三条大橋です。


橋で始まり橋で終わりですね。


大きくて長い橋の上には、多くの人が行き交うのが分かります。


バックには大きな山々が描かれており、生で見たら、景色はめちゃくちゃいいでしょう。

東海道五十三次、どこがすごい?



東海道五十三次がここまで評価されている理由は、50枚以上も同じ人が多種多様な風景を描いているという珍しさと、歌川広重という人物としてのブランドがあるからでしょう。


日本は小さな島国だからこそ、国をまわったりして日本全体を絵として残すこともできます。


しかし、例えばアメリカで東海道五十三次のようなものを作ろうと思ったら、とんでもない距離を移動しなければならなくなります。


それに、こんなにも色彩豊かで四季があり、風景が多種多様な国はほとんどありません。


なので、東海道五十三次のような絵は、世界的にも珍しいので、興味を持たれるのでしょう。


実際、歌川広重の絵は超上手いですし、浮世絵という技術は世界的にも評価が高いので。


そして、歌川広重というブランドが東海道五十三次を有名にさせているという理由について。


世界で評価されている絵のなかで、100パーセントその絵単体を評価されているものはほぼないでしょう。


ある人が一枚やばい絵を描いたとしたら、その人が描いた他の絵の価値は上がります。


芸術の世界は、こういった構造を含んでいます。


これは、歌川広重は所詮名前だけで、絵自体はそんなに有名になるほどではない。などという話ではありません。


こんなにも世界中にいろんな絵が評価されることは、紛れもなく歌川広重の力です。


それに、簡単に歌川ブランドが廃れないのは、歌川ブランドがなくても素晴らしい絵ばかり
だからという事実もしっかりとあります。